ゴールデンウィークの5月4日から6日まで、観光して復興支援するため岩手県に行ってきました。
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3日目は、SL銀河→被災地大船渡→奇跡の1本松へ。
宿泊先の花巻鉛温泉藤三旅館湯治部で朝風呂を堪能すべく、朝6時より温泉巡り。 旅館内の3湯でのんびり。 メインの白猿の湯は朝6時から7時までは女性専用時間のため、7時すぎに入浴。
多くの人が入浴していたため写真は撮れないので、旅館のホームページ写真です。
この白猿の湯は立って入る温泉で、水深1メートル25センチもあります。 日本一深い温泉です。
7時30分より朝食。
岩手県産ひとめぼれごはんに、ベーコンエッグは固形燃料で焼いてアツアツが食べれます。
お味噌汁はアサリでした。 美味しかったです。
花巻発釜石駅行のはまなす1号に乗るためチェックアウト。 昔ながらの帳場で清算。
売店も昭和テイスト。
鉛温泉湯治部の前でパチリ。 時間が無いので急いで出発。
花巻駅へ向かう車中で急に予定変更。 予定ではSL銀河に全線乗車すべく、まず花巻駅から釜石駅まではまなす1号で向かい、釜石発花巻行きのSL銀河に全線乗り、花巻で名物のおそばやジャンボソフトクリームを食べて帰るつもりでした。 しかし、2年前に被災地の大船渡に植えたバラ聖火を見ることにし、車で釜石に行き、SL銀河は遠野まで乗車することにしました。
SL銀河の始発駅の釜石駅に着いたのは出発3分前。 1分前にホームに着き、11時55分定刻通りにSL銀河は釜石駅を出発しました。 出発の写真も撮れず、次の停車駅の陸中大橋駅でやっとSL銀河号とパチリ。
子供用制服も借りてパチリ。 プラネタリウムも見ました。
12時41分に遠野駅に到着。
SL銀河号については、明日にブログアップします。
http://blog.uchino-atsushi.com/?eid=1154359
遠野駅から車を停めている釜石駅までは、はまゆり3号で戻ってきました。
釜石駅前のサンフィッシュ釜石で三陸の魚介類を見歩き。
妻の妹さんからのお土産リクエストである三陸海宝漬を買いに駅から歩いて3分ほどの中村家さんへ。
三陸海宝漬は、早春のうちに刈り取った柔らかなメカブの醤油漬に、中村家独自の技法「だまし煮」で柔らかく煮上げた三陸産アワビ、極上の銀毛鮭のイクラをトッピングしたものです。
釜石から大船渡まで移動してきました。 大船渡といえば、かもめの玉子で有名なさいとう製菓。 本店は津波で流されてしまったので、現在は仮本店で営業中。
たった今乗ってきたSL銀河のかもめの玉子も発売されました。
SL銀河かもめの玉子は5月1日に新発売されたばかりです。
遠野駅でも買いましたが、もう1個お土産で買いました。
また、三陸鉄道全線開通記念商品である恋し浜もありました。
これから向かう、奇跡の1本松をモチーフにしたかがやく一本松も買ってみました。
ここでも妻の妹さんのお土産リクエストのかもめの玉子りんご味。 なかなか普通のお土産屋さんにはなく、やっと買えました。
また、ケーキも販売されていてコーヒーブレイク。 コーヒーなどの飲み物は無料です。
さいとう製菓仮本店より車で5分程度で2年前にバラ聖火を植えた大船渡市赤崎町へ到着。
赤い丸がバラ聖火です。 http://blog.uchino-atsushi.com/?eid=1153240
バラ聖火の隣には「津波到達の地」碑が建立されていました。
毎年咲いているそうです。 今年も間もなく咲きそうです。
被災後に一時都筑区に避難されていたHさんと再会。
Hさん宅でお茶をいただいた後、またの再会を約束してお別れ。 そのあと、陸前赤碕駅周辺に立ち寄りました。
三陸鉄道南リアス線も先月4月5日に全線開通。
2年前に来た時はホームはもっと盛駅寄りでしたが、綾里駅寄りに作られていました。 駅舎もホームも真新しかったです。
ホームよりHさん宅方面を望む。 津波は集落の中央を流れる川を遡上していきました。 元々たくさんの家が建っていた所は、2年前は家の土台が残っていましたが、今は草が生えて緑になっていました。
海側には仮設商店街も出来ていました。
ちょうど17時2分盛駅行の列車が入線してきました。
三陸鉄道南リアス線車両とパチリ。
駅から見えていた仮設商店街へ。
酒屋さんでこれから向かう陸前高田名物のマスカットサイダーを購入。
仮設商店街前にはここまで津波で打ち上げられたのか、船がモニュメント化されていました。
また、2年前にはまだ震災当時のままだった赤崎小学校も撤去され、グランドになっていました。
次に来るときには、もっともっと復興が進んでいてほしいです。
大船渡市内を通って、陸前高田の奇跡の1本松を目指します。
元々かもめの玉子の本店があった近くの時計台は、午後3時25分を指して止まっていました。 ちょうど大津波の襲来したころの時間でしょうか。
JR気仙沼線は線路が撤去され、列車の代わりにBRTバスが走っています。
夕方、陸前高田に到着。 まず、3年前に見た気仙中学校へ。
校舎はそのまま残っていました。
3年前はガレキに覆われていましたが、ガレキはかなり撤去されていました。
気仙中学校から気仙川を挟んで対岸に奇跡の1本松が見えます。
また、陸前高田の街を高台にかさ上げすべく、山から土を掘削して運び出すベルトコンベアーの吊り橋も望めました。
そのベルトコンベアーの下に駐車場があり、ここから500メートルほど歩きます。
津波でぐにゃりと曲がってしまった気仙川の標識の向こうに気仙中学校の校舎が見えます。 その裏山を掘削して、土砂を陸前高田の街に運んでいます。
とにかく巨大な吊り橋です。
このベルトコンベアーは今年3月24日に稼働が開始されたばかりです。
いよいよ1本松に近づいてきました。 ちなみに3年前はここまで車で入れました。
3年前の2011年8月に見た奇跡の1本松は被災後のそのままの松でしたが、現在の松は保存プロジェクト後の松です。
聖火とパチリ。 後方の陸前高田ユースホステルの建物は震災当時のまま。
3年前は松原の海岸まで行けましたが、今は海岸自体が工事中で立ち入り禁止でした。
帰路、陸前高田の町にぽつんとビルが残っていました。
包装用品の会社のビルでした。 大津波は、ビルをほぼ飲み込みました。
屋上の一番上まで津波が襲いました。 ビル4階相当にあたります。
また、岩手県立高田病院も門だけが残っていました。
JR陸前高田駅前のメインストリートがあった付近。 駅があり、商店街があったとは信じられません。 かさ上げ工事が進み、一日も早い復興を念じます。
岩手最後の食事は、一ノ関インターそばの南部屋敷へ。
私は、岩手南部鶏のとりかつ丼とミニそばセット。
妻は、屋敷そば。 聖火はおねんね。
夜9時に横浜へ向かって出発。 途中の東北道では車両火災の影響で通行止め区間があった影響で帰宅が深夜3時になってしまいました。
三陸の美味しい魚介類やお寿司を食べ、温泉に入り、三陸鉄道やSL銀河にも乗り、絶景や龍泉洞にも行け、被災地も見て来た充実したゴールデンウィークの旅となりました。
楽しい3日間でした。
三陸の旅 1日目 あまちゃん海岸→三陸鉄道→北山崎
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三陸の旅 2日目 龍泉洞→被災地田老→浄土ヶ浜→宮古寿司
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三陸の旅 3日目 SL銀河→被災地大船渡→奇跡の1本松
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SL銀河に乗車! 釜石駅→遠野駅
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